美術館・博物館・名建築 検索の備忘録

美術館・博物館・名建築のススメ

その191:高橋由一から黒田清輝へ

*基本データ

場所:栃木県立美術館

行った日:2024/6

展覧会URL⇒ 高橋由一から黒田清輝へ ―明治洋画壇の世代交代劇― (tochigi.lg.jp)

たまたま行った日が入館料無料の日、なんとラッキーな。

1972年開館の栃木県立美術館は公立の近代美術館の先駆けでした。設計は京都大学名誉教授でもあった川崎清氏。昨年シスレーの作品を購入し話題になりました。

倒木の危険があるため切り倒されてしまった、もう1本の「すずかけの木」に新しい枝が伸び、葉が茂っていました。

このスペース、現在はどのような使われ方をしているのでしょう、気になります。

来館目的は 高橋由一《鮭図》1878年頃 です、山形美術館寄託。

由一は7点の鮭の絵を残したと言われていますが、今観ることができるのは3点のみです。

1点目は、東京藝術大学美術館所蔵の重要文化財《鮭》1877頃 その135:東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密 - 美術館・博物館・名建築 検索の備忘録 (hatenablog.com)

2点目は、笠間日動美術館所蔵の《鮭図》1879~80年その128:笠間日動美術館 【高橋由一 もう1匹の鮭】 - 美術館・博物館・名建築 検索の備忘録 (hatenablog.com)

3点目は、この山形美術館所蔵の《鮭図》1878年 です。

この作品は129.0×37.0cmで、藝大美術館のものより少し小さく、笠間日動美術館のものよりは大きいです。下半分の身が残っているので藝大美術館のものと似ていますが、向きが左右逆です。単なる鮭の絵なのですが、明治初期、油彩の可能性を広めようとした由一の気持ちが伝わってきます。

他にも、神奈川県立歴史博物館のデータベースに高橋由一《鮭》明治17年と登録されてる作品があります。しかしながら同館の企画展では池田亀太郎《川鱒図》として出品されています。研究がすすみ、本当の作者が判明することはあると思いますが、なぜデータベースを修正しないのでしょう?(素人にはわからない深い理由があるにちがいありません・・・。)その177:神奈川県立歴史博物館 旧館 【 横浜 名建築巡り ④ 】 - 美術館・博物館・名建築 検索の備忘録 (hatenablog.com)

なお、美術館内は撮影不可。